アニメ「犬夜叉」完結編第9話2009年11月29日放送
「冥界の殺生丸」
47巻
原作少年サンデー2006年7月19日(33号)第466話「別れの想い」
原作少年サンデー2006年7月26日(34号)第467話「冥道」
原作少年サンデー2006年8月2日(35号)第468話「冥界の闇」
原作少年サンデー2006年8月9日(36・37合併号)第469話「冥界の主」
原作少年サンデー2006年8月23日(38号)第470話「帰還」
原作少年サンデー2006年8月30日(39号)第471話「慈悲の心」
☆ ☆ ☆
去り行く鋼牙と見送る犬夜叉。
原作で読んだ時は本当に寂しかったけど、今回はそれほどでもない。
全ては終わった、鋼牙はもう身を隠す必要はない。
今頃可愛いお嫁さん連れて、楓の村に遊びに来ている頃だろう。
今回は作画が綺麗で、みんないい顔している。
メインの殺生丸とりんのためだとしても、やっぱり嬉しい。
それでも声優さんが順番にコミックを読んでいるような、淡々とした雰囲気は否めなかった、残念。
あと鋼牙のテーマをもう一度聞きたかったな。
あの場面には合わないかもしれないけど、前みたいに夕陽バックに走るシルエットかなんかで。
鋼牙には夕陽がよく似合うから。
そして冥界編。
原作を初めて読んだ時は、殺生丸の圧倒的な父性愛とむき出しの激情に翻弄された。
りんを愛しく思ってないとは言わない。
りんが奈落にさらわれた時や、七人隊の蛇骨睡骨編での態度からそれは十分わかる。
けれど今回の豹変には感動よりもびっくりで、結局最後までそれが続いてしまった。
むしろ飄々とした(おもしろい)母君と、邪見の愛らしさに胸ときめかせた思い出が(笑)。
邪見と母君の会話を読んでいると、邪見自身は気づいてなくても、邪見は殺生丸にとって、りん同様大切な存在であることがわかる。
(もしかしたら殺生丸も気づいてないかもしれないけれど、笑)。
孤高の貴公子、人間嫌いの妖怪として、共に殺戮をくり返していた頃から、邪見は殺生丸にとって気のおけない存在であると同時に、孤独の道を歩むための「杖」でもあったのかもしれない。
さて冥界の殺生丸だけど、声のトーンをあまり変えないせいか、原作ほど激情むき出し、って感じはせず、むしろ違和感は少なかったような気がする。
難しかっただろうなあ、と思わず成田さんに同情してしまったほど苦しげだった。
りんが息を吹き返した瞬間の表情は絶品。
一方の母君は予告通りの榊原良子さん。
クシャナだけあってうまいなあと思ったけど、ちょっと凝り過ぎ?な気も。
今回見ていて不思議だったのが、りんが一度天生牙で蘇ってることは想定外だったはず。
だとすれば、どの時点で修行は終わっていたのだろうか。
母君の口調だと、冥界の主を斬った時点で終わってるっぽいけれど。
りんを救う=慈悲の心だとすれば、そんなのとっくにクリアしている状態なので、修行にも何にもならない。
二度も救おうとするのはおこがましいといった台詞は、早い話がアドリブで、修行の一環ではなかったはず。
さらに、迷える死人たちを救った殺生丸には、慈悲の心というよりも、むしろ投げやりといっては言い過ぎか、りんが救えないのならもうどうでもいいみたいな空ろな雰囲気を感じてたので、それで慈悲の心を得たとするのはどうだろうと、今にして思う。
それでもりんは蘇った、本当に良かった。
母君に礼など言うはずもなく、立ち去る殺生丸の代わりに「ぺこ」と頭を下げる邪見が可愛かった。
目立たないけど琥珀もがんばった。
死への恐怖がないだけであそこまでできるものではないだろう。
犬夜叉と殺生丸の母君、そして父君の関係は、私はもっと暗いものだと思っていた。
殺生丸の母君が亡くなったかなにかで父君が犬夜叉の母君を見初め、父を取られたと思い込んだ殺生丸が人間や異母兄弟を憎むようになったと思ってたので、あまりにもあっけらかんと登場した母君には驚いた。
実の息子が地上で人間を殺しまわっていたことに対しても無関心だったことになるし。
それこそ「人の心」を超越した、奈落や初期犬夜叉のなりたかった理想の姿なのかもしれないな(笑)。
それともあまりに時がたちすぎて、父君を巡る三角関係も、今となっては懐かしい思い出、なんて笑ってみせるか。
ああ母君の茶飲み友だちになりたい、聞きたいことはいっぱいあるのに、結局この後最後まで出てきてくれなかった、残念。
まあ存在自体がストーリーを越えたゲストっぽい部分があるから仕方ないけど。
アニメ「犬夜叉」完結編も9話まで来たけど、フルスピード展開なのにどこか濃密な気がするのは、こうして要所要所に力を入れて描いていることと、物語が佳境に入り、ほとんどレギュラー陣だけで話が進むせいだろう。
悪く言えばおいしいとこ取りのダイジェスト版。
この時間帯に起きてて見る、あるいは録画してまで見る、となれば原作に対しても思い入れのある視聴者がほとんどだと思うけど、原作未読の視聴者に、果たして物語として心に残るだろうかという危うさを感じる。
たとえば神楽や桔梗の死、たとえばりんと殺生丸、その場面の美しさばかりが残ってしまうのではないだろうか。
26話限定の弊害と言えば言えるけど、原作読破組には、逆に長く続きすぎた「犬夜叉」という物語が理解しやすくなったようにも思う。
こういう作り方がいいとは思わないけど、「犬夜叉」に限っていえば、こういう形でアニメ化して、かえってすっきりしたかな?って。
こうして無事に修行は終わり、りんは殺生丸の元に帰ってきた。
今楓の元で育てられているりん。
将来どちらの世界を選ぶかなんて悩む必要はないだろう。
大人になって、殺生丸にとって妹か娘のような存在でなくなった時に、人として殺生丸と結ばれることは容易だろう。
犬夜叉とかごめのように。
もちろん琥珀を選ぶという選択肢もあるし、邪見を選ぶという選択肢は・・・ないか(笑)。
その頃はそういう世界になっているだろう。
妖怪と結ばれたといって虐げられることもなく、その子供として迫害されることもない。
いえ「犬夜叉」ではとっくにそんな世界になっていたんだけどね。
(2009年11月29日の日記)
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